有機農業ラブコメ⑦
ゆうきぶ~有機栽培部へようこそ!~
前回のあらすじ
初めての有機栽培同好会の活動から次の日、アグリ先生のバイトに来た才場は、一番聞きたかったことを口にする。
「…。今日は桃華とは…、会えるんですか??」
一言言っただけなのに、手や顔に汗がにじんだ。男女の告白の時とかはもっと緊張するのだろうか。
「…今日は、桃華ちゃんの研究だからね。そりゃあ、当然会えるとは思うよ。…でも、才場くんは、遠くから記録を取る事しか出来ないかな。それに、病院だからね…。才場くんは…。」
アグリ先生は途切れ途切れにしか言ってくれなかったけど、まあ、そういうことだ。
別にアグリ先生は何も気にする必要ないのに…。
悪いのは病気で、悪いのは俺なのだから。
「よしっ、飲み終わったよ才場くん!じゃあ、先生も掃除するね!!」
「…では、お願いします。二人でやればあと10分もかからないでしょうし。」
こうして、2人で掃除を片付けて休憩していると、病院で準備をしていた人たちが戻ってきた。
怖くて嬉しい午後はもうすぐだ。
◆◆◆
ここは、筑葉大学の食堂。
アグリ先生に何でも自由に頼める食券を手渡された私は、今日も日替わりパスタセットとコーヒーを頼んだ。別にパスタが好きというわけではないがなんとなくいつもこれを選んでいる。
「はぁ。」
日替わりパスタであるカルボラーナを口に運びながら午後のことを考え、少し憂鬱になった。アグリ先生が農薬病に関しての研究をしていることは知っていたし、なんならそれがきっかけで、こうやってお手伝いをさせてもらっているけど、その被験者が才場桃華という中学生のかわいい女の子というのはやはり気が重い。
「どこか似ているなとは思ってはいたけど、まさか、君もアグリ先生のもとでアルバイトしていたとはな。悠木蜜柑さん。」
そう言って、唐揚げ丼とうどんのセットを持った人物は、斜め向かいの席に腰を下ろした。
「…今週も来たのね才場くん。あなたは傷つくだけなのだから、来ない方が良いのに…。…ひょっとしてマゾヒストなの?」
「俺はMでも、なんならSでもない。ただのノーマルで…ただ、妹のお見舞いをしにきだけだ。…悠木さんの事は何回か見かけたことあったけど、見た目が違ったから大学生のアルバイトの人なのかと思っていたよ。」
どうだか…。毎回つらそうな顔しているくせに。ただ、妹のお見舞いしにきた人の顔じゃないでしょ。
「そう…。それより才場くん。まさか私にも、林檎にも悠木さんで通すつもり?蜜柑で良いわよ。」
「それは助かる。部、ああいや今はまだ、同好会だったか?では、悠木妹って呼ぼうと思ってたから。それに、『ゆうき』って自分の名前でもあるし、呼びずらかったんだよな。…じゃあ、蜜柑さんで。」
蜜柑でいいって言ったのに…。まあいいけど。
「蜜柑さんは、なんでここでバイトしてるの?」
「あなたに言う義理はあるのかしら?…でも、そうね。…大体あなたと同じ理由よ。…というかこの研究に参加しようと思っている人なんて大体同じ理由なんじゃないかしら?だからみんな少なからず耐性があって、あなたみたいな病原菌の塊みたいな人にも平気なのよ。才場菌?」
「どうして昔言われていたあだ名知ってるんだ…?才場菌と言われても事実だから何も言い返せないあの苦しみを思い出してしまったじゃないか…。ってことは、蜜柑さんの姉妹で農薬病に患っている人がいるってことか?もしかして…!」
彼が慌てて立ち上がろうとするものだから、つい、語気が強くなってしまった。第一あなたが行ったら悪化するだけでしょう?
「言っとくけど林檎じゃないわよ!?林檎も私ほどじゃないけど耐性を持っているから、よっぽどじゃなければ才場菌でも大丈夫なはず。…私には、5つ離れた弟がいるの。もう、分かるでしょ?」
それ以降、私たちに会話は無かった。
私は、3人兄妹の真ん中だ。長女に林檎、次女に私、そして、長男の冬瓜(とうり)の3人兄弟だ。そして、私たち姉妹には、生まれつき病気に対しての耐性があった。中でも、私は林檎より数倍耐性があったため、小さい頃から風邪一つ引いたことがなかった。
しかし、私たちが5歳の時生まれた冬瓜は、病気に対しての耐性がかなり低かった。そのため、小さいころから風邪にも病気にも罹ることが多かった。そして、その間も、私は風邪一つ引くことはなかった。
私は気づいてしまった。私は弟にあるはずだった耐性まで奪ってしまったことに…。
冬瓜は、優しく看病する私に、いつもありがとうと言ってくれるけれど、私は罪悪感から動いている。罪を償うために刑務所で働く受刑者の行動と何ら変わらない。
そんな私を、姉だと慕ってくれる弟に、罪人ではなく姉として何かできることはないか。
その方法として選んだのが、農薬病を治すことだった。
そしてそのために私は、アグリ先生と一緒に、林檎を巻き込んで有機栽培同好会を立ち上げたのだ。
ふと、時刻を見ると、もう13時になろうとしていた。
「もう13時ですね。そろそろアグリ先生の所に戻らなくては。」
「あ、あぁ。そうだな…。」
そう言い、才場くんと食堂を後にする。嫌なら辞めればいいのに…。やっぱり彼はマゾヒストだと改めて思った。
廊下を歩いていると、無意識に、
「罪悪感って消えないな…。」
と呟いている私がいた。
…よかった。彼には聞こえなかったみたいだ。人に弱みは見せられないから。
廊下の外から見えた桜は、今朝の強い風のせいか、花がほとんど散ってしまったみたいだった。
憂鬱な午後が始まる。
次回へ続く
前回
次回