有機農業ラブコメ⑱
ゆうきぶ~有機栽培部へようこそ!~
前回のあらすじ
才場、悠木姉妹、アグリ先生、水野会長の有機栽培同好会全メンバーで「校庭圃場」の作業を行った。
有機栽培同好会はアグリ先生の力でどうやら大学の方に最新のビニールハウスを持っていて、近いうちに俺も見学しに行くこととなった。
そして日が沈み、今日の作業が終了となった。
早く帰りたい……。
それにしても…、アグリ先生今より仕事早くするとか神にでもなるつもりなのだろうか。今でも十分化け物なのに…。
◆◆◆
家に帰って風呂に入ると、普段味わうことのなかった疲れからか、いつも以上に骨身に染みた。…さすがにこれは体力が無さすぎるだろうか…。今度どっかで運動でもしないとな…。アグリ先生にでも頼んでみよう。
風呂から上がり、アグリ先生に聞いてみるためにLINEを開くと、2人からメッセージが届いていた。ひとりは水野会長。そして、もうひとりは…
日潟からだった。
「まあ、来ているよな…。」
ちなみに、何故水野会長からLINEが来ているのかは本当に分からない。
会長にはまだ教えてないでしょ…。
まあ、悠木姉妹のどっちかにでも聞いたのだろうけど。
髪を乾かし自分の部屋に戻ると、日潟からのLINEのメッセージを開く意思を固めた。LINEを見るだけで大げさかと思うが、だってこれ絶対良い話じゃないんだよなあ…。でも、一度中に入ってしまうと返信せざるを得ない。
それが嫌で、中々タップすることができず何度も人差し指が宙に浮いた。
「…って恋する乙女か。」
見たくもない現実は散々見てきた。それに、日潟とは既に縁を切っている仲だ。もう擦り切れる縁もない。角が取れてすっかり丸くなってしまった。
一度、深呼吸すると、企業LINEの未読を消化するかのように日潟からのメッセージを確認した。
……………。ん??
あ、水野会長からのLINEは未読無視しました。
◆◆◆
次の日俺は、生徒会準備室にいた。
「…そういえば、日潟、生徒会の有志だったっけ。」
生徒会は通常、6月に開かれる生徒会選挙で2、3年の中から立候補した生徒から選出される。6月と早い時期にやることもあって1年生にとっては馴染みの薄い行事の1つだろう。
しかし、1年生でも生徒会に関われる権利を持つことができる役職がある。
それが、生徒会有志である。
…だった気がする。ここに来る前にアグリ先生に教えてもらった。
有志とは、一言で言うと次期生徒会候補が集まる生徒会見習いのようなもので、学校行事等で様々なお手伝いをするみたいだ。
…まあ、よくそんな無給労働やるとは思うが…。これも、青春のひとつの形なのだろう。
そして日潟も、生徒会有志の1人だった。
そんなわけで、俺は今、一般の生徒は通常入ることのない生徒会準備室で日潟を待っていた。
昨夜、日潟からのメッセージにはこう書かれてあった。
「明日放課後話がしたい。生徒会準備室を開けておくからそこで待っていて欲しい。」
え…、これって校舎裏でボコボコにされるみたいなやつ?
生徒会は教室棟4階の端っこにあり、部活が始まる放課後ともなると人が通りかかることはほぼない。生徒会関係者が誰かをボコそうとするならむしろ校舎裏より適当な場所だろう。
俺は、もしもの事を考えて、護身用のスタンガンをカバンに忍ばせることにした。
まさか中二病を患っていた時に買ったものが役に立とうとは…。
スタンガンのスイッチを確認してイメトレを重ねていると、生徒会準備室の扉がノックされた。別に、中の反応を伺っていたわけもなさそうで、1秒後扉はゆっくりと音を立てて開いた。
ちなみに、ノックの回数のマナーに関しては最近寛容になっているそうで、別に2回がトイレの時で、3回が面接ってわけでもなくなっているみたいだ。
そもそもなぜそんなマナーになっていたのかが謎だけどな。面接で扉を2回ノックしたところで、本当にその中がトイレだと思っているはずがないだろう?
「…才場、入ってもいいか?」
日潟はドアの前に立ったままで、中に入るのを躊躇っているように見えた。
「いいよ。っていうか、お前が呼んだんだろ…日潟。」
俺は普段通りの表情で喋れているだろうか。
「それもそうだったな。こんなところまで呼びつけてしまって悪かった。普通の空き教室じゃ人が入ってくるかもしれなかったからな。」
…どうやら、日潟は1人なようだ。
……。
なんかスタンガンを持ってきたことがすごい恥ずかしくなってきた…。
あの事件のあった日ぶりに話すというのに、年月を感じさせなかった。周囲と隔絶されて世界が2人だけになった今、とりつくるものは何もない。
「久しぶりだな、日潟。そういや日潟って何組になったんだ?」
「俺は、2組だよ。才場は…、確か6組だったか?」
「ああ。棚橋がいるクラスだよ。」
2組と言えば…。確か林檎が2組だった気がする。この学校では1~3組が文系クラス。4~6組が理系クラス。7組が特待理系クラスだ。特待理系クラスがあって文系クラスがないのは不公平な気がするが…、暗黙の了解で3組が実質特待文系クラスのようだ。
「…。」
「……。」
気まずい…。
なんで日潟から話始めないんだ?…もしかして、謝ったら許してあげる的なやつなのか?
会社に入ったら、自分が謝る理由もなく謝ることが当たり前にあるらしいけど、それって向こうは嬉しいのだろうか。
はじめまして、ごめんなさいの精神が社畜への心の第一歩ってね。知らんけど。
…よし、ここは謝ろう。
確かに日潟を病気にさせたことは事実なのだ。そもそも俺がこんな体質じゃなかったらこうなっていないわけで、元を辿れば大体俺が悪い。万悪は俺に通ずってね。
…やだ、なに意外とかっこいい…。
スタンガンを持っているからか中二病な頭になってきた。
「あの…、あの時は、、」
言葉がしどろもどろになりながらも、俺は膝を曲げ、土下座をする体勢へと入った。
プライドなんて人に誇示するためのものは、見せる相手もいない俺にとって、0に等しい。滑らかな動作で土下座に移行していたが、その動きは膝をついたところで止まってしまった。
なぜなら、向かいに立っていたはずの男が、クラスで上位カーストであるはずの日潟が土下座していたからだった。
次回へ続く
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