有機農業ラブコメ⑨
ゆうきぶ~有機栽培部へようこそ!~
前回のあらすじ
ついに病院へと入った才場侑樹は、自分が異端な存在であると改めて気づかされてしまう。秘密の地下実験室で、ガラス張りの病室から出てきたのは…才場侑樹の妹で最大重篤患者である才場桃華であった。
検査自体は素人目からすると、ごくごく普通の検査しかやっていなかったように思う。
体格、体温、血液、血圧、MRI検査から始まり、桃華の体内に菌が入り込んでいないか菌濃度の検査をした。
思春期の女の子の身体を隅々まで調べることは桃華からすればつらいかもしれないが、病気を治すためだからしかたない。
それに、8歳から農薬病に発症している桃華にしてみれば、思う春もなく、心が未熟なままだ。
かくゆう俺も、思春期と反抗期はどこかに置いてきたままだ。
検査の最中に読み上げられてきた結果を、パソコンに打ち込み、以前の検査の時の結果と比較していった。そしてその結果を新たなデータとして整理し、蓄積していった。ただ、それだけの作業だった。
「じゃあ、最後に桃華さんの細胞を採取します。桃華さん、今からそっち行くね。」
そう言うと、アグリ先生は白衣の上から俺が着けているのと同じマスク、そして防護服を身に付け、二重になったガラス扉から桃華の病室に侵入していった。
アグリ先生は、桃華と二言三言交わすとメスを取り出した。メスを使って桃華の皮膚の一部を切り取るのだが、切り取るといっても薄皮をむくだけなので痛みはない。
しばらくすると、2人の顔が弛緩していったことが遠目にも分かった。
「お疲れ様でした。これにて今日の検査は終わりです。よく頑張りましたね。」
「こちらこそ…、ありがとうございました。アグリ先生…。」
桃華に目線を向けると、桃華もこっちに視線を向けてきた。マスクを被っているから、目線なんてないようなものなので、おそらくアグリ先生が教えてくれたのだろう。
手を振って応えると、少しはにかんで、手を振り返してくれた。道具の片づけが終わると、桃華がもう一度こっちに手を振り、奥へと消えていった。
しばらくすると、ガラス張りの病室が曇りガラスへと変わるだろう。
俺はいいお兄ちゃんでいられただろうか…?
「……さてと…。いよいよか…。」
「それでは、才場桃華さんの検査を終了し、これより実験へと移行します。才場くん、引き続きよろしくお願いします。」
俺は、検査の結果をまとめた後、別室に移動した。
「検査お疲れ様―。ふう、緊張したよ~。」
「お疲れ様でした、アグリ先生。もう、研究者モードは終わりなんですか?」
「まだ、終わりじゃないけどね。ちょっと休憩。…普段は桃華ちゃんともっと仲良く喋るんだよ?」
「分かっています。情を出さないように、ですよね。」
「まあ、それもあるけどね笑。私がやりやすいだけだよ。…それより、本当にいいの?才場くん。」
「俺は大丈夫です。俺はもう…、大体の結末を予想できていますから…。」
そう言って自分を少しでも落ち着かせることに精いっぱいだった。
「…。以前よりかは、少しでも良い結果だといいね。心から願っているわ。」
そう言うアグリ先生の顔つきが、柔和なものから、慈愛なもの、そして研究者の顔つきへと次第に移り変わっていった。
「……。では、これより、才場侑樹くんの細胞による、才場桃華さんの細胞の耐性実験を開始致します。」
実験自体はごく簡単なものであった。
先ほど採取した桃華の細胞の一部に、俺の細胞を近づけてどうなるか調べる実験だ。
そして…、これまで数度に渡って行われてきたこの実験では…。
桃華の細胞が、俺の細胞によって次々と病気に罹っていき、やがて細胞が崩れて破壊されていく結果しか出たことがないのであった。
俺は、「農薬病」に罹ってしまったことにより、病気を集める体質と変わってしまった。俺自身は、高すぎる耐性を持つ身体によって、何も影響はないが、病原菌の耐性がない人にとって、俺はいくつもの菌を持つ病原体みたいなものだろう。
そして、桃華は「農薬病」によって病気を集める体質になってしまっただけでなく…、低すぎる耐性を持つ身体へと変わっていってしまった。
つまるところ、桃華の病気を集めるその身体には…、病原菌を受け入れるだけの耐性がまったく備わっていないのだ。全てを受け入れてしまうため、一般人が持っている病原菌でさえも感染してしまう。
現に桃華は、「農薬病」を発症した8歳の誕生日を境に、無菌室の中でしか生きられない身体となってしまった。
そして今回の実験…。
前回から何も変わっていなかった。
腐食してグズグズに崩れていく桃華の細胞を見ながら、俺は桃華と重ねていた。
…というか、これは桃華そのものなのだから、今の俺が今の桃華に近づくとこうなるってことなのだ。
とても同じ人間同士だとは思えなかった…。
いつの間にか、俺たち兄妹は、いるだけで傷つき、傷つける存在になっていた。昔はいつも一緒にいたのに…。
アグリ先生は何も言ってこなかった。ただ一つの実験結果が出たように周りの研究員に報告していた。
蜜柑さんも喋りかけてはこなかった。こちらとしてはその方がありがたかったけど…。
でも…、何も変化なくただ絶望だけを示されるのは…。
つらいなあ…。
「では、これにて本日の検査、及び実験を終了します。」
こうして、俺の今日のアルバイトが終わった。
時刻は17時。
最近は日が落ちるのが遅くなってきた。外はまだ西日が出ていて明るくて、その光が俺には鬱陶しかった。
◆◆◆
次回へ続く
ちょっと今回は短いので勝手にキャラ紹介始めます。
・才場 侑樹(さいば ゆうき)
本作の主人公
10歳の時、妹の8歳の誕生日の日に「農薬病」にかかってしまう。そのせいで、地球上に存在する病原菌を吸い寄せるが、高すぎする病原菌の耐性のために自らは病気になることなく、周りを病気にさせてしまう体質を抱えるようになってしまった
そのため、相手にうつさないためにマスクが必須(アグリ先生の手助けによって、より高性能のマスクやホルダーが作られるようになった)
中学までは東京の中学校に通っていたが、中学校や電車の中などで集団感染を起こしてしまっていた。そのため、高校生になったのを機に、妹の転院先であり自然豊かなこの地域に引っ越してきた
性格は元々は陽気。心の内ではわりと陽気な性格が残っている。優しくて相手を思いやりすぎるが故、自分を傷つけてしまう
成績優秀だが2年進級時に特進クラスを断った経歴有り
身長172cm、体重60kg
・悠木 蜜柑(ゆうき みかん)
本作のWヒロインの1人
可愛いというよりは美人系
黒髪ロング
髪にオレンジのヘアピンを留めている
性格はひかえめだが、毒舌で、思ったことははっきりと言う
人前に立つのは苦手ではないが、林檎がいるため余りその役目を負うことがない
林檎とアグリ先生に声をかけ、一緒に有機栽培同好会を立ち上げた
将来は生物学の研究者になりたいと思っており、顔や動作には出さないがアグリ先生を尊敬している
高校1年の秋ごろからアグリ先生の下で研究補助のアルバイトをしている
ほとんどの農機具を扱える(要免許のものも扱えるが法律に違反しない範囲で運転している)
リケジョ
反面、運動は苦手
勉強では学年でもTOP3に入る成績で、特に、理系科目においては学年1位の成績をとっている
身長160cm、Cカップ(自称D)
林檎とアグリ先生はまたどこかでやります。
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